小学校の時に陸上クラブに入り、短距離を専門に走り込んでいました。六年生になり最後のビッグイベントで私はみんなの志望を背負い100メートル走に出場したのですが、重圧とプレッシャ~の内側、足が思うように動かず、予選敗退という嘆かわしい結果に終わりました。これがトラウマになり、私はすでにもう一度走らないといった決め、中学に教養系の部活に入部しようと考えていました。但し、近辺から必ずしも一緒に入ろうといった誘われ、仕方なく名前だけの仲間もいいかなといった投げやりに入部したのはソフトボール部でした。父さんが長嶋茂雄の大フアンでビールを呑みながらテレビジョンの野球中継を見てあかす現代で、野球の制約は何となく私も知っていました。ただし本当にグローブを嵌め、バットを押さえるのはようやくで、見てるのとやるのでは大違いでした。ソフトボールのボールは思ったよりもものすごく重く、こんなものを投げられるのかという怒りたくなる等でした。但し、こういう未体験ゾーンのソフトボールが私が陸上から離れていた動き魂に火を着けたのでした。始めるからには賢く望むって、学習の鬼になりました。私は部活にはまり、打って投げて駆け回りまくりました。コラボレーションは最高の賜物でした。http://www.respire-leclip.com/